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<ただ、茫然(ぼうぜん)と海上に浮いていた>

2020年8月11日

<ただ、茫然と海上に浮いていた>

本日、「編集手帳」を読んでいますと、柴田錬三郎さんの極限の戦争体験の記事が目に飛び込んできました。
昭和20年4月、衛生兵として乗船した輸送船が撃沈されて、縹緲(ひょうびょう)たる大海原に漂ったよう
です。その数時間の出来事を、作家なら技を駆使し作品にする義務と責任がある、と考えたようです。けれど
も、どうしても書けなかったそうです。

絶望、悲壮、憤怒、悲哀、自棄ーどの感情も裡(うち)に起こった記憶がありません。<一言の表現で足りる
のである。「ただ、茫然と海上に浮いていた」これだけなのだ>。「わが生涯の中の空白」と題した随筆で明
かしてられるようですね。極限の戦争体験とはそういうものでしょうね。

私は2017年に神戸大学のインターンシップをお受けしたとき、神戸大学生と教職の高齢の退職者の合同の
セミナーを企画開催しました。高齢の教職退職者からは、新任で学童疎開の引率、学徒動員に駆り出されたこ
と、機銃掃射を向けられ麦畑に逃げ込んだこと、神戸空襲で自宅が消失したことetc.etc.話題になりましたが、
かたや、戦争体験は話したくないと固辞される退職者もありました。その後、新任で学童疎開を経験された退
職者とは、最近手紙で学童疎開の詳しい情報をいただきました。語るのは、つらくて文章にしていただきまし
た。私も、両親、祖父母から一切戦争の体験を聞かされたことも、聞いたこともありませんでした。気がつい
た時は、<すでに遅し>でした。ちなみに、知人に聞いても、聞かされたことはなっかたようです。

重くにがい記憶が日々、紙面に載る季節ですね。手繰り寄せ、向き合い、言葉として再生します。読むたび、語
り手の強い意志に胸が詰まります。同時に熟練の作家ですら表し得なかった心持ちを、どう次世代に継いでいけ
ばいいのか、とも考えます。<いくらでも探し続けたい。75年を経てなお埋もれたままの、私の物語を。>。
と当コラムは結ばれていました。

私は教師現職の頃、平和学習として広島・長崎に修学旅行で引率し、現地の語り部の話を聞きましたが、自分の
最も身近な場所での戦争体験が聴けていなかったのを、高齢の退職者の語りを聴きながらいたく痛感しました。

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