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<両手一杯の「ことば」セラピーと心の松明(たいまつ)・羅針盤>61

2019年10月2日

<両手一杯の「ことば」セラピーと心の松明(たいまつ)・羅針盤>61

<読み手の最後にトドメを刺す茨木のり子の世界>

詩人茨木のり子は(1926~2006)年。現・東邦大学薬学部在学中に空襲や勤労動員を体験し、19歳のときに終戦を迎えました。1953年に詩人仲間と同人誌「櫂(かい)」を創刊。代表作に「わたしが一番きれいだったとき」「倚(よ)りかからず」などがあります。

* <ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ。>  「自分の感受性くらい」

詩人茨木のり子さんは73歳のときに「倚(よ)りかからず」という詩集を出し、異例の大ヒットとなりました。

<自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ>という名言は、詩の中のトドメの言葉ですね。この詩には 、人の考えそうな愚痴の、だいたいのことが書いてありますね。愚痴を言おうとしたら、もう先手を打たれているという感じですね。

<わたしが一番きれいだったとき/わたしの国は戦争で負けた/そんな馬鹿なことってあるものか/ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた>   「わたしが一番きれいだったとき」

茨木さんは青春時代を戦争の真っただ中で過ごしました。15歳のときに太平洋戦争が勃発。戦時下での飢餓、空襲、勤労動員を経験し、19歳のときに終戦を迎えました。青春が台無しになってしまっているのです。「わたしが一番きれいだったとき」・・・・・・心に迫り来るものがあります。戦争は、人の感受性をことごとく奪っていったんですね。「一億玉砕」国のために死ぬことが忠義と刷り込まれ、それが敗戦後には手のひらを返したように変わるのですから。だからこそ、自分の感受性を信じて自分のことは自分でまもらなければなりませんでした。

私は過日、教員の退職者(90代・80代)から、神戸大学の学生とともに、学童疎開・勤労動員・神戸空襲・機銃掃射について切々と聞かされ、平和の恩恵を改めて噛み締めました。

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