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<大空襲に、母親と抱き合って、ドブの中で死んでいた、私の仲間・・・>

2020年8月15日

本日、「編集手帳」を読んでいますと、詩人の石垣りんさんのお名前が目に飛び込んできました。

<ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ちあがる・・・たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。1945年3月10日の大空襲に、母親と抱き合って、ドブの中で死んでいた、私の仲間/あなたはいま/どのような眠りを/眠ってい
るだろうか>「弔詞」

詩人の石垣りんさんは大手の銀行で事務員をしていたらしいのです。戦後20年を迎えたとき、戦没者となった行員105人の名を社内の新聞が載せたそうです。その折の石垣さんの詩が上記の弔詞らしいのです。

当コラムの筆者は戦後20年の夏であれば2歳にもなっていなかったようです。戦争を知らない身で戦争をどうコラムに書けばい
いか、そっと教えてくれるようで時々見返してられるようです。

まず一つの答えは悼むことなんでしょうね。戦没者一人ひとりに海老原さんのような人生があったことを。不戦の誓いを継ぐには
、戦争を知らない世代には、小さくない責任がありそうですね。先の石垣さんの詩はこう結ばれています。
<皆さん、どうかここに居て下さい>。
犠牲者に呼びかけ、引き留め、今を生きる人に二度と戦争をさせないように願いをささげられていますね。

きょうの終戦の日、石垣さんに倣い、どうか・・・とつぶやいてみる」。と当コラムは結ばれていました。

戦争体験者の石垣さん、<犠牲者に呼びかけ、引き留め、今を生きる人に二度と戦争をさせないよう願いをささげられています>。私は、ついこの間日本の文化の核心は<面影と移ろい>であるとあるご本から学びました。「なるほどなあ!」と自分自身のいろんな体験からそう実感しているところでした。まさに石垣さんのお話もその通りとシンクロを感じました。

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