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<民主先生・・・>

2020年8月1日

<民主先生・・・>

本日、「天声人語」を読んでいますと、97歳で亡くなった台湾の元総統李登輝(リートンホイ)氏の記事が目に留まりました。

週刊朝日に連載された「街道をゆく」で司馬遼太郎さんが、台湾で見かけた犬のことを書かれていたようです。日本の植民地時代
を生きた老人に飼い犬の名を尋ねると、一呼吸置き「ポチです」。これぞ日本という名ゆえに、司馬さんは「言いようのない寂しさ」に沈みます。

日本の支配をくぐり抜けた台湾の人たちは、それぞれに日本式の名を持っていたようです。97歳で亡くなった元総統李登輝氏は
「岩里政男」だったようです。台湾で生まれ育ち、京都帝大に学び、学徒出陣で日本陸軍に入隊したようです。

終戦翌年に故郷へ戻り、40歳を過ぎてから政治の道へ。1988年、総統に登用された際は「傍流」「短命」と軽んじられたと
か。それでも母語である台湾語を活かし、民主化に奮闘。総統の直接選挙を実現させました。

「犬が去って豚が来た」。台湾でよく聞く言葉らしいのです。半世紀に及ぶ日本の支配がようやく終わりましたが、入れ替わるように大陸から外省人が押し寄せます。台湾の本音そのものですね。

総統在任中も退任後も、李氏は日本支配に対する嘆きや恨みを公言しようとはしなかったらしいのです。自宅を訪れた日本人記者
の目の前で、曽文恵(ツオンウエンホイ)夫人を「ふみえさん」と呼んだことも。好むと好まざるとにかかわらず、日本語をすり
込まれた歳月の長さを思わせて、やはり寂しいものがありますよね。

「台湾の運命は自分たち台湾人が決める」。苦難と屈辱に耐え、<民主先生>と呼ばれた李氏の揺るがぬ信念ですね。政治におい
ても言語においても、台湾とは何かを追求した稀有(けう)な哲人政治家でした。」と当コラムは結ばれていました。

昨日、この李氏の訃報をテレビの報道で知ったとき、李氏の顔面から漂う得も言えぬ品格を感じました。
日本の植民地政策の屈辱をいたく恥じるとともに、長年の苦難と屈辱に耐えた<民主先生>のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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