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<道頓堀全体が・・・息しておるような気いせえへんか>

<道頓堀全体が・・・息しておるような気いせえへんか>

本日、コラム「編集手帳」を読んでいますと、<人形浄瑠璃>の記事が目に跳び込んできました。大阪の道頓堀、大きなカニの看板のはす向かい、ビルの隙間に小さな碑がたたずみます。竹本座跡、の文字が刻んであります。

17世紀の末、竹本義太夫が旗揚げした人間浄瑠璃の劇場です。曽根崎心中が大当たりを取り、浄瑠璃の3大名作、菅原伝授手習鑑、義経千本桜、仮名手本忠臣蔵は全てここが初演だったようです。先般、直木賞に決まった大島真須美さんの「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」の舞台でもあるようです。

<道頓堀全体が・・・息しておるような気いせえへんか>。数々の劇場が軒を並べ、観客や演者、創作者が混然一体となった喧騒を、作中の一人がそんなふうに語ります。<ごっつい道頓堀という渦>とも。

明治、大正、昭和とにぎわいは続きました。終戦の年の春ですら、中座での歌舞伎は盛況だったとか。空襲警報が鳴り響く日々であっても貧欲に芸を欲する。それが大阪人だったのでしょう。

劇場の多くは姿を消し、今、ひしめくのは海外からの客人です。1日に約10万人。随分とありさまを変えた渦の中で、一冊の良書を手に昔日の街の姿を追想すると当コラムは結ばれていました。

私は神戸の生まれですが、私の叔母は亡くなる前に新開地の衆楽舘跡を見に来ていました。想い出に残る場所だったんでしょうね。大阪の道頓堀と云えば、人形浄瑠璃の歴史が物語っていますね。私は大学時代といえば、大阪で下宿をしていましたが、大阪人の人情の深さには随分と助けられました。当時の下宿の叔母さんの言葉、<大阪の淀川の水で垢抜けて綺麗になるよ。>でした。しかし、神戸のど田舎で育った私は、水はボーリングで掘った井戸水。米と野菜は家でとれたほとんど無農薬のもの。下宿して何週間後に顔に吹き出物が。・・・。下宿の叔母さんは大慌てでした。

 

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