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<曲がっても曲がっても曲がっても曲がっても・・・>

2020年8月4日

<曲がっても曲がっても曲がっても曲がっても・・・>

本日、「編集手帳」を読んでいますと、歌人の穂村弘さんの歌が目に飛び込んできました。

<曲がっても曲がっても曲がっても曲がっても眩しい夕陽が正面にある>
猛暑の日の強い西日が頭に浮かんできますね。

きのうは全国各地で真夏日になりました。先日、つえをつきながら歩道を歩く高齢の男性が、
マスクで息苦しいのか、立ち止まっては鼻の部分を下げて深呼吸をしていたそうです。きま
じめな人なのでしょう。人通りはまばらなのに、駅までの道でマスクを外すことはなかった
ようです。

「新しい日常」とともに迎えた夏は体力に乏しい高齢者にはかくも厳しいようです。沈みか
けの夕陽でさえ容赦なく熱を注ぎます。マスク着用があたかも外出の際の義務であるかのよ
うな風潮を考えてしまう。」と、当コラムは結ばれていました。

私も夫も外出にマスクを忘れて家に取りに帰った記憶があります。「新しい日常」の名のも
とに高齢者や弱者にしわ寄せが来るのが、なんとも心が寂しくなります。

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<民主先生・・・>

2020年8月1日

<民主先生・・・>

本日、「天声人語」を読んでいますと、97歳で亡くなった台湾の元総統李登輝(リートンホイ)氏の記事が目に留まりました。

週刊朝日に連載された「街道をゆく」で司馬遼太郎さんが、台湾で見かけた犬のことを書かれていたようです。日本の植民地時代
を生きた老人に飼い犬の名を尋ねると、一呼吸置き「ポチです」。これぞ日本という名ゆえに、司馬さんは「言いようのない寂しさ」に沈みます。

日本の支配をくぐり抜けた台湾の人たちは、それぞれに日本式の名を持っていたようです。97歳で亡くなった元総統李登輝氏は
「岩里政男」だったようです。台湾で生まれ育ち、京都帝大に学び、学徒出陣で日本陸軍に入隊したようです。

終戦翌年に故郷へ戻り、40歳を過ぎてから政治の道へ。1988年、総統に登用された際は「傍流」「短命」と軽んじられたと
か。それでも母語である台湾語を活かし、民主化に奮闘。総統の直接選挙を実現させました。

「犬が去って豚が来た」。台湾でよく聞く言葉らしいのです。半世紀に及ぶ日本の支配がようやく終わりましたが、入れ替わるように大陸から外省人が押し寄せます。台湾の本音そのものですね。

総統在任中も退任後も、李氏は日本支配に対する嘆きや恨みを公言しようとはしなかったらしいのです。自宅を訪れた日本人記者
の目の前で、曽文恵(ツオンウエンホイ)夫人を「ふみえさん」と呼んだことも。好むと好まざるとにかかわらず、日本語をすり
込まれた歳月の長さを思わせて、やはり寂しいものがありますよね。

「台湾の運命は自分たち台湾人が決める」。苦難と屈辱に耐え、<民主先生>と呼ばれた李氏の揺るがぬ信念ですね。政治におい
ても言語においても、台湾とは何かを追求した稀有(けう)な哲人政治家でした。」と当コラムは結ばれていました。

昨日、この李氏の訃報をテレビの報道で知ったとき、李氏の顔面から漂う得も言えぬ品格を感じました。
日本の植民地政策の屈辱をいたく恥じるとともに、長年の苦難と屈辱に耐えた<民主先生>のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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<鳴るコール・・・>

2020年7月30日

<鳴るコール 気付いて抜ける アルコール>

本日、「編集手帳」を読んでいますと、上記の川柳が目に飛び込んできました。
サラリーマン川柳でおなじみの「第一生命保険」が昨年、入社予定者に募った
作品の一つのようです。夜の街、若者・・・と聞くと頭をよぎる川柳ですね。

緊張に身を硬くする就職活動の日々のなか、今年の学生はどんな息抜きをしてい
るのでしょうね。時節柄、夜の街でくつろぎながら、合否の連絡を待つ人は少な
いかもしれませんね。

アルコールとどう付き合うかが難しいのは、若い人に限りませんよね。東京・品
川の飲食店では、客のハシゴ酒で「地域クラスター」が発生したようです。

客2人、店主4人の感染が確認されたようです。最初に検査で陽性になった客は
発症前、毎晩数件をハシゴしていたらしいのです。店にはありがたい常連さんだ
し、客も感染を自覚していたわけではないので、防止策というものが十分に立て
られない事例でしょうね。

東欧の国ベラルーシでは、「ウイルス退治にはウオッカが効く」と強がっていた
大統領が感染したようですね。ウイルスは消毒用アルコールにはめっぽう弱いの
に、酒瓶のアルコールは人体に入り込むのに利用している。狡猾な増殖力にため
息がでる。」と当コラムは結ばれていました。

飲み会が楽しめない。人と人の絆を分離する新型コロナ禍。長期にわたって終息
が見込めないとき、心が鬱屈しますね。この新型コロナは、人類に何を伝えよう
としているのでしょうか???

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<新聞記者は出ていけ>

2020年7月27日

<新聞記者は出ていけ>

本日、新聞を読んでいますと、「編集手帳」の<新聞記者は出ていけ>の文言が目に飛び込んできました。
さて、何事なんでしょうか? 1964年11月から7年以上にわたり首相を務めた佐藤栄作氏は、引退の
記者会見で<新聞記者は出ていけ>と述べたことで知られています。

秘書官だった楠田実氏の日記によりますと、直前に佐藤氏は「テレビを通じて国民に挨拶をしよう。最後に
俺のわがままを通させてくれ」と懇願したらしいのです。海外の大統領のように、直接語りかける形を望ん
だらしいのです。

しかし、調整で行き違いがあり、記者会見場を見回した佐藤氏から、冒頭の発言が飛び出したらしいのです。
経済問題などで各紙の厳しい批判を受けていたらしいのです。怒った記者側は退席したようです。

安倍首相の直近の記者会見は6月18日に遡るようです。新型コロナウイルスの流行で休みは少なく、豪雨
対策にも追われているという事情はありましょうが、折に触れて記者会見を開くことは大切ではないでしょ
うか。感染は地方にも再拡大しています。密集などが避けられない業種の先行きは厳しいものがあります。
感染抑止と経済活動をどう両立させていくのか。大局観で見て、後手に回らない優先順位を確立して、国民
に丁寧に説明して、不安の払拭に努めてもらいたい。

安倍氏の大叔父である佐藤氏は、政権末期に求心力を失ったとされています。長期政権の轍(てつ)を踏ん
ではなるまい。と、当コラムは結ばれていました。

「長期政権の轍を踏んではなるまい。」と謳われていますが、安倍一強政治の内部からの膿はどんどん溢れ
ていますね。政治家に対する信頼は、薄らぐ一方ですね。政治家のリーダーとしての資質を今一度問い直し
てみてほしいものです。

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<ダブルバインド(二重拘束)>

2020年7月24日

<ダブルバインド(二重拘束)>

本日、「天声人語」を読んでいますと、<ダブルバインド(二重拘束)>の文言が目に飛び込んできました。
もとは精神病理学の概念ですが、日常生活にも応用できるようです。親から「もっと大人になりなさい」と
「子どもらしくしなさい」を同時に言われる場合。どっさり仕事を課せられているのに「残業せず早く帰れ」
と会社から命じられる場合。

矛盾のなかでストレスばかりがたまってしまいます。さて目下のコロナ禍で、私たち国民は深刻なダブルバイ
ンドにさらされているようです。一緒に対策にあたっているはずの政府と東京都から発信される内容があまり
にも違い過ぎます。

「医療提供体制も逼迫(ひっぱく)していないので、緊急事態宣言を発する状況ではない」と安倍首相はいい
ます。しかし東京都から現状分析を任された杏林大病院の山口芳裕氏は「国のリーダーは「東京の医療は逼迫
していない」と言いますが、誤りです」と訴えます。

政府は観光支援事業でお出かけを促しますが、都は不要不急の外出を控えるよう呼びかけます。そうこうする
うちに感染は東京に限らず広がり、昨日は全国で新規感染者が900人を超えました。矛盾は解消ではなく、
拡大に向かっています。

何が真剣に受け止めるべき議論で、何が偏った発信でしょうか。判断をすべて国民に丸投げされるのは非常に
酷というものです。それでも自分で考え、自衛するしかないのでしょうか。足して2で割るわけにもいかない
し。」と当コラムは結ばれていました。

緊急事態宣言後は、まちには人で溢れ返っています。国と都府県のリーダーが一枚岩となって状況を見ながら
つぶさに慎重に判断をしていってもらいたいものですね。

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<「幸福の限界」の奇妙な海水浴の場面>

2020年7月23日

<「幸福の限界」の奇妙な海水浴の場面>

きょうは海の日。本日、「天声人語」を読んでいますと、奇妙な海水浴の場面が目に留まりました。

筒井康隆さんの短編小説「幸福の限界」に、奇妙な海水浴の場面があります。砂浜は前も後ろも人、
人、人の波で、足を踏み入れると、もう引き返すのは不可能。「立ち止まらないでください」のス
ピーカーの音にあわせ、群衆は海に向かって黙々と歩きます。

主人公の男は、人間の汗で温かくなった海に腹まで浸かって、初めて気づきます。このまま押され
て前進を続け、水深が背丈を超えたら一体どういうことになるのかと。しかし、その時はもう遅か
ったのです。

描かれているのは、誰もがレジャーを求め、芋洗い状態になった浜辺の戯画ですね。今年は感染防
止のため海開きを断念する海水浴場も全国で相次いでいるとか。

かって商船学校にいた詩人丸山薫さんには海の詩が多く、「海風」では、波をもたらす風を人間に
見立て、<そこに誰かが立った>を当コラムは引用されていました。
<彼には形がない/ただ 泡の瞳だけをしてゐた/そしてまっすぐに/芒(すすき)の光る丘へ去
った>。素敵です。ひとけのない浜ゆえの幻想ですね。

ただ波だけを見にいく。そういえば、教員時代に大先輩と琵琶湖に行き、ただ波だけをひたすら眺
めていたことがありました。
あるいはかって誰かと行った海を思い出すのもいいのではと当コラムは綴られています。
楽しみ方も、<今年はいつもと違うものにするのもいいのかもしれない>。ほんとにその通りだと
私も感じています。コロナ禍が何年か経禍したのち、貴重な体験になっていたら嬉しいですね。

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<銀河系・・・>

2020年7月21日

<銀河系 字(あざ)日本に 端居(はしい)かな>      (うまきいつこ)

本日、「編集手帳」を読んでいますと、<銀河系・・・>の句が目に留まりました。
読売新聞「四季」欄にかって、宇宙の地図に列島をぽつんと記すかのような当句が
載ったことがあるようです。端居(はしい)は縁側やベランダに出て涼むことをい
うようですね。

この句に長谷川櫂先生が輪をかけて空想的な解説を添えられたようです。「そうい
えば日本列島は大空に向かって弓なりに反るバルコニーのようだ」と。

しかし雨に濡れるベランダやバルコニーでは快適な端居は望めませんね。梅雨前線
はまだしばらく列島に居座るようですね。

日照不足の影響で野菜が高値傾向ですね。農家はからっとした日差しを一日でも早
くと待つ思いでしょう。豪雨に見舞われた地域では復旧への営みに影を落としてい
ます。線状降水帯なるものがいつまた現れやしないかと、心配な日が続いています。

かといっても、じめじめした梅雨が去ったら次は猛暑が待っています。
今年は過去何十年かを見渡しても、とりわけ暮らしづらい夏になるのかもしれませ
んね。雨もお日さま<字日本>にどこか容赦ない。」と当コラムは結ばれていまし
た。この言葉には笑ってしまいますね。

本来の銀河系字日本の端居、とっても素敵ですね。最近は温暖化のためか生態系に
も異変が現れ、異常気象とウイズコロナの毎日。…。人間の心に余裕がなくなって
いくようで悲しいです。何かいい気分転換はあるのでしょうか???

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<アンポンタン>

2020年7月19日

本日、「編集手帳」を読んでいますと、<アンポンタン>の記事が目に留まりました。
<アンポンタン>とは、明治の東京をしのぶ「旧聞日本橋」で作家の長谷川時雨(しぐれ)
は、親からそう呼ばれていたようです。その<アンポンタン>には、ぼんやり人の顔を眺
める癖があったとか。

少女に見つめられた側は困惑し、「私の顔に出車(だし)でも通るのかね」むろん通るは
ずもない。面白いことなどないのに、よしとくれというわけですが、この夏は町にも山車
(だし)や神輿(みこし)が出ません。

全国北から南まで、多くの祭礼が中止ないし縮小と聞きますね。相手はコロナ、歯がみす
るのも詮ないが、にぎやかなお囃子(はやし)も屋台の匂いもお預けですね。花火大会も
またしかり。懐かしい記憶が今年、子どもたちから欠け落ちると思うと、やるせないです
ね。

今は昔、両国の川開きで、時雨は船に乗せられました。花火の終わりは父の膝で寝たふり
をしていたらしいのです。<あとがさびしいから>。
夢にも似た時間を体験し、夢が果てる切なさも学ぶのでしょうか。

井上陽水さんの名曲に、過ぎし日の夏を歌う「少年時代」があります。口ずさめば祭りも
花火も出てきます。しかし今年は大方の小学校で、夏休みは短くなります。少年少女に、
どんな思い出をつくってやれるだろう。」と当コラムは結ばれていました。

日本古代からの祭りも中止されたり縮小されたり・・・。
夏の風物詩である花火大会もまた、しかり。
少年少女時代の懐かしい思い出づくりが今年はすべて見送りになりました。
コロナ禍の凄さを痛感せずにはおれませんね。
コロナ禍で痛感した<人への思いやり>を忘れず、大切に育てていきたいものですね。

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<遠くへ行きたい・・・>

2020年7月16日

<遠くへ行きたい・・・>

本日、「春秋」を読んでいますと、コロナ禍のなかの「Go To トラベル」事業の記事が目に留まりました。

「遠くへ行きたい」を聴いて遠くまで行った人が、かってはたくさんいたはず。ちょうど50年前、当時の
国鉄が始めたキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」は、このテーマソングとともに旅ブームを演出しま
した。いわゆるアンノン族が出現したのも、この頃ですね。私は丁度大学生の真っ只中でした。

キャンペーンが大成功を収めたのは、時代と共振していたからでしょうね。ミニ周遊券を手に古い寺を訪ね、
城下町をめぐります。リュックをしょって北海道をさすらう。高度成長の真っ盛りでしたね。自由な個人旅
行をするゆとりが生まれ、それは若者たちにも及びました。非日常を楽しみたいという時代の気分は、旅心
を大いにふくらませました。振り返ってみて、当時はほんとにいい時代だったと思います。

コロナ禍のなかで、いまは政府の「Go To トラベル」事業が物議をかもしています。旅行代金の半額を補
助、一人あたり一泊2万円が上限で何回でも利用OK-という大盤振る舞いです。全国でも感染者が再び増
え始め、きのう東京都は警戒レベルを最高度に引き上げました。それでも旅に出ようと国が促すのですから
当惑しますよね。

業界の期待は、コロナの不安もありつつも、大きいようですが!!しかし人々の旅心がわかないのに政府が
一方的に旗を振って、どうなんでしょうね。
キャンペーンが感染を広げたら人災だという声も出ていますが。遠出を避けて都心の高級ホテル滞在という
使い方もあるそうですが、そういうのもお金に余裕があってのお話。コロナ対策がどこか遠くへいく。と、
当コラムは結ばれていましたが、・・・。

何ともコロナ対策を打つ手の遅さというのか、都と政府のちぐはぐな無責任な対応に心を掻き乱されますね。

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<アイヌ文化の火の神様・・・>

2020年7月14日

<アイヌ文化の火の神様・・・>

本日、「天声人語」を読んでいますと、アイヌ文化の記事があり、興味をそそられました。

北海道のニ風谷(にぶたに)でアイヌ伝統の木彫り工房を営む貝澤(かいざわ)徹さん(61)のお話でした。
少年時代にストーブの前で弟と翌日の釣りの話をしていると、両親に「火の神様の前でしゃべったら、全部魚に
伝わって釣れなくなる」と言われたそうです。

火の神はアイヌの言葉でアぺフチカムイ。貝澤さんは、白老(しらおい)町で開業した国立施設「ウポポイ」の
ために作品を頼まれ、この火の神を選らばれたようです。「アイヌの文化では自然界にたくさんの神がいる。中
でも火の神はものごとを伝えてくれるんです」

木彫りのアぺフチカムイはウポポイの博物館に展示されました。貝澤さんの祖母をモデルにした女性の顔を囲み、
力強い彫り跡の炎が天に伸びているようです。炎の隙間から細やかなアイヌ文様がのぞいているようです。よく
見ると、女性の口のまわりや手の甲には入れ墨の模様があったそうなんです。

明治政府は、女性の入れ墨や男性の耳輪の風習を禁じるなどの同化政策を進めたようです。狩猟や漁労の生業を
否定し、学校でもアイヌ語を話さなかったようです。研究の名で墓所から遺骨が持ち去られたこともあったよう
です。

国際世論に押されて、政府がアイヌの人々を日本の先住民族と認めたのは2008年のことのようです。文化復興
のため国がつくったのがウポポイであったようです。

貝澤さんがアぺフチカムイを掘ったのは、なんと樹齢400年を超すニレの埋もれ木だそうです。明治以来150
年の間に風前の灯にされたアイヌの壮大な文化が、再び豊かな火をともすよう願う。」と当コラムは結ばれていまし
た。

「国家が観光に利用」「先住権はないがしろにされたまま」と抗議する人たちもいるようですが、アイヌの壮大な文
化の究明が進むことを心より祈るばかりです。

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