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<秋風は涼しくなりぬ・・・>

2021年9月18日

<秋風は涼しくなりぬ馬並(な)めていざ野に行かな萩の花見に>

本日、「天声人語」を読んでいますと、ハギの花の特集号でした。私自身も、例年、ハギの花に出会って秋の訪れを感じることが
多かったように思います。

「ヒガンバナのように「私の立ち姿を見て」と訴えかけてもこないし、キンモクセイのように「この香りを楽しんで」と主張する
でもないんです。静かに、秋を告げます。それがハギですね。しかし万葉の昔には、人々の視線を釘付けにする花だったようです。

万葉集で最も多く歌われている植物がハギで、140首を上回ります。<秋風は涼しくなりぬ馬並(な)めていざ野に行かな萩の
花見に>。詠み人知らずの歌にあるのは、連れ立って馬に乗り、ハギを見に行く楽しげな様子です。

花見といえばサクラではなく、ハギかウメでした。万葉人はハギの花見に出かけ、花を摘み、頭に挿したと、植物学者の湯浅浩史
さんが「植物ごよみ」に書いています。<我が背子(せこ)がかざしの萩に置く露をさやかに見よと月は照るらし>。詠み手は女性か。花かんざしが頭にある背子は夫あるいは恋人でしょうか。

近所にハギが群生しているところがあり、万葉の人の気持ちになって眺めてみます。よくよく見ますと外来種のハギかもしれぬと
思いますが、なに構うものでしょうか。紅紫色の花は小さく、可憐です。

秋になり、様々な花に出会うのがうれしいのは、夏に咲く植物が少ないからでしょうね。暑い盛りは草木にとっても過酷なのでしょうか。人の世のこの夏はまたもコロナの過酷さとともにありました。少しは落ち着いた9月、10月を過ごせるでしょうか。

お彼岸に供えるおはぎの名は、小豆の粒がハギの花に似ていることに由来します。そんな説があることも、昔から愛されていたさまを教えてくれます」。と当コラムは結ばれていました。

最終章のおはぎの由来は初めてです。そう云われてみれば、小豆の粒とハギの花が似ていますよね。何とも風流なことと思いまし
た。ハギの花は、着物の柄を彷彿とさせるようで幼少の頃から大好きでした。初秋の風物詩として脳裏に刻まれていました。

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<つまらない人>

2021年9月16日

<つまらない人>
本日、「編集手帳」を読んでいますと、「ハニーレモンソーダ」の学園漫画の記事が出ていて、興味深々で読破しま
した。

「ハニーレモンソーダ」(村田真優、集英社「りぼん」連載中)という学園漫画が、大人気なのだそうです。レモン
色の髪をした男の子が、イケメンで、優しくて、ちょっと悪で・・・少女たちの胸をキュンとさせるとか

ハニーは甘さ、ソーダは弾ける気持ちでしょうか。タイトルからして、ただの飲み物ではなく思春期を象徴していま
う。中心にあるのはレモンの好感度でしょうね。

ファンのみなさんにはとりあえず、ムッとしないでいただきたいものです。「日本人が知らない英語のニュアンス」
(角川ソフィア文庫)を読んで、英米とのレモンのイメージの差にびっくりしました。

著者の教育言語学者・牧野高吉さんが、酸っぱすぎるためか俗語で<つまらない人>などの意味があると紹介してい
ました。次の首相になろうかという人物を選ぶ動きが永田町界隈でにぎやかです。立候補を表明した人の言葉を聞い
ていますと、政策や問題によりけりですが、何とかしてくれそうと好感を膨らませたり、どうなのかなあと疑念を抱
いたり・・・。レモンな日々であります。

投票権はなくても、そんな参加の仕方をしています。自民党総裁選があす告示されます」。と当コラムは結ばれてい
ました。

私も、最終章のように、投票権はなくてもそんな参加の仕方をしています。どうか、牧野高吉さんの<つまらない人
>のイメージで終えることのないよう次期総裁には、切にお願いいたします。政治家としての人間力・倫理観を是非
とも発揮してもらいたいものです。

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<行列には、見せたい行列と、見せたくない行列がある。>

2021年8月31日

<行列には、見せたい行列と、見せたくない行列がある。>

本日、「天声人語」を読んでいますと、冒頭から<行列には、見せたい行列と、見せたくない行列がある。>と、ありました。
何のことだろうと持ち前の好奇心を掻き立てられました。

「行列には、見せたい行列と、見せたくない行列があります。商品などは長い列ができれば、人気の証しになります。2008
年にマクドナルドの新バーガーに人々が並んで話題になりましたが、後にアルバイトを使っていたことが発覚しました。

見せたくない行列の代表は、銀行の取り付けでしょうね。バブル崩壊後の金融危機では、一部の銀行に預金引き出しの列ができ
ました。不安が不安を呼ばないように列を店内に誘導した例もあったようです。さて話は東京・渋谷のワクチン行列です。

予約なしの若者向け接種会場を設けた東京都からすれば、何らかの列ができるのは予想したはず。とすれば都にとってこれは見
せたい行列だったのでしょうか。若者に接種の機会を与えていると世に示すために

いやこれは見せてはいけない行列でした。初日に想定した200人分では全然足りず、見通しの甘さを露呈しました。翌日から抽
選になりましたが、そもそもスマホやネットを使いこなす人たちになぜ現地集合なのか。高齢者はネット予約で四苦八苦したの

考えてみればコロナ禍で様々な行列が生まれました。お店で密にならないように外に並びます。ワクチンもじりじりしながら順
番を待ちます。医療従事者、高齢者・・・・・・という並び順に異存はないが、もっと進んでいる国もあるのにと思えば不満も
募ります。

そして一番深刻なのが、入院を待つ人の長い列です。救急車に乗せられても病院が見つからず、自宅に戻される例も報じられま
す。できれば見たくなかった日本の医療の脆弱(ぜいじゃく)さです」。と当コラムは結ばれていました。

最終章の日本の医療の脆弱さですが、どうなんでしょうか?前もって読めていたのが現実化したという感想なんですが、政府の
危機管理の脆弱さを改めて思い知らされました。命の危機管理の甘さに怖さを覚えます。

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<入院制限>

2021年8月5日

<入院制限>

本日、「天声人語」を読んでいますと、大岡昇平の戦争文学「野火」の記事が目に飛び込んできました。

「戦争文学の傑作、大岡昇平の「野火」の主人公は野戦病院に送られました。血だらけの傷兵が床にごろごろしている前で、
彼は軍医に怒鳴りつけられます。肺病なんかで病院に来たことを理由に。それでも何とか入院するものの3日で追い出され
ます。

隊にも戻ると、病院を抱える余裕はないと分隊長から言われます。「病院へ帰れ。入れてくんなかったら、幾日でも座り込む
んだよ」。病を得ても入れない野戦病院。そんな場面がいま頭にちらついて仕方がないです。政府が打ち出した<入院制限>
のためです。

感染者が急増する地域では中等症の患者であっても、重症化のリスクが低いと判断されれば自宅での療養を基本とします。そ
んな方針が唐突に示されました。感染の拡大に病院の収容能力が追いつかないからだといいます。

東京都の局長が「不安をあおらないで」と発言したのは、つい先週でした。菅首相も重症者の数が抑えられているとして楽観
ムードを振りまいていました。先のことを考えようとしない人たちばかりが対策を担っているのでしょうか。

中等症という文字だけを見ると間違えてしまいます。呼吸困難や肺炎を伴う場合が多いのです。病状がさらに悪化したときに
、迅速に入院ができるのでしょうか。それを差配する保健所は過大な負担に耐えられるのでしょうか。

事態はここまで深刻なのに、政府が1回目の緊急事態宣言よりも緩い対策しか取っていないことも解せません。もはや自分で自
分を守るしかないのでしょうか。指導層の方針が当てにならないのは、戦争のときと同じです」。と当コラムは結ばれていまし
た。

新型コロナウィルスの23都道府県の新規感染者数がステージ4(感染爆発〉相当に達しています。余談を許せない状況となっ
ています。コラム最終章の<指導層の方針が当てにならないのは戦争の時と同じです>・・・危機管理はどうなってしまったの
でしょうか。

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<科学者は戦争で何をしたか>

2021年8月1日

<科学者は戦争で何をしたか>

本日、「天声人語」を読んでいますと、ノーベル賞で物理学賞を受賞した益川敏英さんの記事が目に飛び込んできました。

「ノーベル賞の受賞講演で戦争体験も語りましょう。2008年に物理学賞に選ばれた益川敏英さんはそう考え、原稿の用
意をしていました。するとどこからか批判の声が聞こえてきました。アカデミックな場で戦争に関する発言をすべきではな
い、不謹慎だ、というのです。

それでも話の内容は変えず、日本が引き起こした「無謀で悲惨な戦争」で父親の家具工場が無に帰したと述べました。科学
者は戦争について考え続けねばならないのです。そんな信念が著書<科学者は戦争で何をしたか>から伝わってきます。

原爆をはじめ多くの兵器で科学者の頭脳が動員されてきました。「今の時代、もう科学者の精神動員なんて起こらないなど
と、私は楽観していません」。予算が削られた大学や研究施設にとって、軍事研究費は魅力を増しているといいます。

益川さんは二足のわらじをはくように平和運動に関わり続け、「九条科学者の会」の呼びかけ人にもなりました。研究室に
閉じこもっていてはいけないと同僚たちをデモに誘いました。気骨ある科学者が81歳の生涯を閉じました。

科学者と軍事の問題をめぐっては、日本学術会議への風当たりが強くなっています。大学での軍事研究に反対してきた学術
会議への批判が、政治家から公然と飛び出します。もはや政治家のみ、科学者のみに委ねられる問題ではありません。

益川さんは5歳の頃、目の前に焼夷弾が転がってきたのを覚えているといいます。不発だったために助かった命。戦争体験を
胸に刻みながら仕事をしてきた世代が、また一人旅立ちました」。と当コラムは結ばれていました。

最終章の<戦争体験を胸に刻みながら仕事をしてきた世代が、また一人旅立ちました>。・・・私たち、戦争を体験していな
い者にとっては、まさに<巨星墜つ>の感じが強いです。先般の「日本学術会議」のあり様も私たち、有権者が自分たちの課
題として真剣に考えるべきだと思っています。

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<Broken>。

2021年7月25日

<Broken>。

本日、「天声人語」を読んでいますと、コロナウィルスが突然もたらす「退場通知」の悲劇の記事が目に留まりました。

「本当ならきょう、射撃の英国代表アンバー・ヒルさん(23)は日本で初戦に臨むはずでした。ところが東京行きの荷
造りを済ませた20日、日課の検査でコロナ陽性の判定が出ます。「まさか自分が」。5度試しても結果は同じだったと英
紙に語りました。

<Broken>。彼女がSNSに書き込んだ言葉をあえて訳せば、「心が折れた」か「夢が砕けた」か。桜、仏閣、富士山をあし
らった投稿が東京大会にかけた思いの強さを伝えます。

41年前、モスクワ五輪をめざした選手たちも無念の涙を流しました。冷戦下、開幕直前に告げられたボイコット。「競
技の場に立たなければ敗北」「思い出したくない。そっとしておいて」。後年、アンケートに答えた日本代表たちの言葉
は重く切ないです。

同じ悲劇でも、ウイルスが突然もたらす「退場通知」の方は何ともやるせないですね。コロナ下で五輪を開く以上、予想
された事態ではありますが、悲嘆に沈むアスリートを慰める言葉は浮かびません。試合出場が許されず、敗者になる機会
さえ奪われるとは

安心・安全をうたった「バブル」方式は早々にほころびました。来日した大会関係者の感染は120人を超えます。激し
くぶつかり合う選手の姿を見ていますと、先行きに不安も募ります。

「人生ほどつらいものはないが、どれだけあらがい、前進し続けるかが重要です」。来日後に陽性と判定され、棄権を余
儀なくされたチリ代表の投稿です。どんなに留意しても悲劇は避けがたいですが、堂々と上を向き、また歩き出してほし
い」。と当コラムは結ばれていました。

このコラムを読みながら、このオリンピックは果たしてフェアなのかなあと疑問が沸いてきました。少なくない「退場通
知」の悲劇。大会関係者の感染は、現時点で120人を超えています。強行せざるを得なかった理由を聞いてみたいもの
です。

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<わたくしは、蚊に攻められているのである>

2021年7月15日

<わたくしは、蚊に攻められているのである>。

今月11日、「天声人語」を読んでいますと、大好きな明治の作家小泉八雲の記事が目に留まり、ワクワクドキドキしながら読破
しました。

「久しぶりに田舎の実家で草むしりをしたら、すぐにプーンという音が襲ってきました。顔が手が首筋が次々とかまれてい
きます。かゆい。今年もまた、蚊の季節です。

<わたくしは、蚊に攻められているのである>。明治の作家小泉八雲の随筆の一文を思い浮かべます。当時、東京の八雲邸
近くには5、6種類の蚊がいました。このうち「全身に銀色の斑点と縞目のある、小さな針みたいなやつ」が「容易ならぬ
豪敵」だったと憎々しげに書いています。

はて、八雲を悩ませたのは何という蚊だったのでしょうか。東京蚊大学助教の三條場千寿さんに推理をお願いすると、最も身
近なヒトスジシマカの疑いが濃厚だといいます。その共著「あなたは嫌いかもしれないけど、とってもおもしろい蚊の話」に
よれば「根っからの都会っ子」だとか

日本にいる蚊は100種以上、世界では3600種。花の蜜が何より好きなやつ、蚊を食べる輩(やから)も。研究熱が高じて
蚊を「美しい」とさえ感じるという三條場さんの蚊話は驚くことばかりでした。いかに蚊について知らなかったか。

世界に目を転じれば、蚊は「人類最大の敵」とまで言われる危険な存在ですね。マラリアの死者は世界で年間40万人に上り
ます。しかも、地球温暖化で生息地は年々広がっています。

それでも蚊を撲滅させるようなことはできないと八雲は書きました。いつの日か蚊に生まれ変わり「刺すような歌をうたいな
がら、自分の知っている人たちを噛みに」いきたいとも。安全な共存しか道はないということか。かゆくても」。と当コラム
は結ばれていました。

小泉八雲の<わたしは蚊に攻められているのである>笑ってしまいました。最終章に八雲はいつの日か蚊に生まれ変わり「刺
すような歌をうたいながら、自分の知っている人たちを噛みに」いきたいとも。八雲は、ほんとに<キュート>ですね。私の
心から尊敬できる外国人です。日本の文化のよさをいろいろ発掘していただき誠に有難うございました。

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<ふんどしを締めてかかる>

2021年7月15日

<ふんどしを締めてかかる>

本日、「編集手帳」を読んでいますと、政府の分科会の尾身茂会長の<ふんどし>の文言が記事になっていて興味深々で読破しました。

「江戸時代、損料屋という商売がありました。損料とは借り賃のことで、今でいうレンタルショップのことですね。主に生活用品
を貸し出していました。

中でも人気だったのは<ふんどし>だったと、ものの本で読みました。お祭りなど、ここ一番を迎えるときに需要があったそうで
、<ふんどしを締めてかかる>という気持ちを入れ直す慣用句と無関係ではないように思われます。

以前、本紙歌壇に神奈川県茅ヶ崎の女性から、つぎの作品が寄せられました。<「褌を締めなほしかかれ」なつかしき言葉ききたりコロナ第三波>。政府の分科会を仕切る尾身茂会長の国会での発言です。

観光支援「Go Toトラベル」が動いていた昨年11月、尾身さんは<今がもう一度、ふんどしを締め直す時期だ>と人流の抑制を訴えました。必死さが伝わるせいか、公の場であまり聞かれない昔の下着の名が耳障りではありませんでした。

東京都をはじめ都市部で新規感染者の増加が顕著になっています。いま必死になって呼びかけをすべきは、国を統べる菅首相にお
いてほかにあるまい。五輪というお祭りが迫っていても、依然、外から気持ちが見えないような」。と当コラムは結ばれていました。

最終章の「五輪というお祭りが迫っていても、依然、外から気持ちが見えないような」。言い得て妙ですね。笑ってしまいます。古代ギリシャの時代には、政治を司る人間の人徳の重要性が堂々と謳われていますが、最近の政治家たちはどうなってしまったんでしょうね。もう少し、謙虚になって外部の専門家たち、大衆の人たちの声に耳を傾けてほしいものです。

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<向日葵(ひまわり)の百人力の黄なりけり>

2021年6月29日

<向日葵(ひまわり)の百人力の黄なりけり>加藤静夫

本日、「天声人語」を読んでいますと、英国の作家カズオ・イシグロの近刊「クララとお日さま」の物語の紹介があり、心惹かれました。

「洗濯機を回すべきでしょうか、回さざるべきでしょうか。梅雨のこの季節は、刻々と変わる気象情報が気になって仕方がないの
です。洗うのを諦めたのに少し日が差せば、悔しい思いもします。<梅雨は降り梅雨は晴るるといふことを>後藤夜半

きのうの関東は梅雨の晴れ間となり、我が家もタオルやシャツをお日さまにあてることができました。庭のキュウリやトマトも満身に日を浴びています。洗濯物が光合成をするわけではありませんが、何だかエネルギーを吸収しているような

英国の作家カズオ・イシグロの近刊「クララとお日さま」は、太陽の恵みを信じるロボット「クララ」の物語です。「お日さまに
出会えた運のいい日は、顔を前に突き出し、できるだけたくさんの栄養をいただこうとしました」(土屋政雄訳)

自分のエネルギー源である太陽光が、人間の病気も治すと信じて疑わないのです。だから病の床にいる少女のため、栄養分を注いでほしいとお日さまにお願いするのです。雨の季節に読み返すと、クララの思いは間違っていない気がしてきます。

本の表紙にあるのは大きなヒマワリです。「日輪草(にちりんそう)」や「日車(ひぐるま)」の名前もあり、英語では「サンフラワー」。人々は昔から、そこに小さな太陽を見たのでしょうね。他の草花を見下ろすようにすくっと立つ姿に今年も出会うこと
ができました

<向日葵(ひまわり)の百人力の黄なりけり>加藤静夫。雨でもそれほど冷え込まなくなったのは、盛夏が近づいているからでしょうね。気がつくと百日紅(さるすべり)や木槿(むくげ)なども我が物顔で咲き始めています」。と当コラムは結ばれていました。

向日葵(ひまわり)は、私の大好きな花です。実は今年の私の家の玄関前にも六輪の花が日ごとに黄の色を増しながら咲いています。昨年の緊急事態宣言で近くの大丸で購入した向日葵が今年も見事に咲き誇っています。向日葵と云いますと、母が亡くなった
翌年父が実家の近くの畑一杯に向日葵の大輪の花を咲かせてくれていました。母への供養と子供たちの淋しさを紛らわすための父からの贈り物だったのだろうと感じ入り、大変嬉しく思っていたのをこのコラムを読みながら想起していました。

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<同じ穴の狢(むじな)>

2021年6月29日

<同じ穴の狢(むじな)>

本日、「編集手帳」を読んでいますと、小泉八雲の記事があり心惹かれました。小泉八雲は私の尊敬する外国人の一人です。

「道を歩く男が、お堀端でかがみ泣く女に「困り事?」と声をかけます。振り向いた女に目と鼻と口はなく、逃げ込んだソバ
屋の主も卵のようにつるりとした顔で・・・。小泉八雲の怪談「狢(むじな)」を読み返しました。

ギリシャ生まれの八雲は、日本の素朴な民話を緊張感の漂う物語に仕立て直しました。狢がのっぺらぼうに化けて人を驚かす
話も「顔のない存在」への人々の心理的恐怖感を中核とします(牧野陽子「ラフカディオ・ハーン」(中公新書)

顔のない妖怪は今も闊歩します。水着姿の女子の画像をネットにばらまく不届き者はいるわ、SNSで事件被害者や病人を中傷す
る投稿者はいるわ、怖がらせる対象が子供や弱っている人だけにたちが悪いですね。

かと思えば、今月は、顔を目立たせようとするばかりに、有権者を化かそうとした元政治家の不始末が目につきました。実刑
判決を受けた元法相も、罰金を命じられた前経済産業相も、自分の正体を国民に説明していません。

一見関係がないようでも、実は似た悪事を働く人を<同じ穴の狢>と言います。「む(6)じ(2)な(7)」と語呂を合わ
せて、6月27日をご両人に進呈したい」。と当コラムは結ばれていました。

なるほど、今日は6月27日。コラムの最終章には笑ってしまいました。私もよくやることなので・・・。小泉八雲ことラフ
カディオ・ハーンは、まず鎌倉の大仏に魅せられ、民話など日本人の文化を大々的に世界に紹介しました。東大での講義録を
以前に読み漁ったこともあり、小泉八雲は私にとっての大ファンでもあります。

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